立石康夫は、大手ゼネコンの橋梁会社の協力会の会長を務める、経験豊富な技術者だった。彼は、今年の安全大会であいさつをすることになっていたが、印象的なスピーチのネタを見つけるのに頭を悩ませていた。
ある日、立石は思い切って旅に出ることにした。彼は、自分が携わってきた橋梁工事の現場を巡ることで、安全への思いを新たにし、スピーチのヒントを得ようと考えたのだ。
最初に訪れたのは、10年前に完成した長大橋だった。現場監督をしていた頃を思い出し、工事中の安全管理の重要性を再認識した。次に向かったのは、都市部の高速道路の建設現場。ここでは、狭い作業スペースでの安全確保の難しさを実感した。
旅を続ける中で、立石は各地の現場で働く人々と交流し、彼らの安全に対する真剣な思いを知った。ベテランの職人は、若い世代に安全の大切さを伝えようと努力していた。また、事故で怪我をした作業員の話を聞き、改めて安全の尊さを胸に刻んだ。
現場を巡り、人々の思いに触れた立石は、安全とは単なるルールではなく、一人一人の意識と行動によって支えられているものだと気づいた。そして、スピーチでは自らの経験と、出会った人々の思いを語ろうと決意した。
安全大会当日、立石は壇上に立ち、静かに語り始めた。
「安全とは、現場で働くすべての人の命を守ること。それは、ルールを守るだけでは不十分で、一人一人が常に危険を意識し、仲間を思いやる心を持つことが大切なのです」
彼は、旅で出会った人々のエピソードを交えながら、安全の本質について語った。聴衆は、立石の言葉に聞き入り、安全への思いを新たにしていた。
「私たちの使命は、橋を架けることだけではありません。現場で働く仲間の命を守ることこそ、最も大切なのです。一人一人が安全を自分事と捉え、行動することを誓いましょう」
スピーチを締めくくった立石の言葉に、会場には大きな拍手が沸き起こった。この日、立石の思いは、協力会の全員の心に響いたのだった。
旅を通して得た気づきを胸に、立石は、これからも安全な現場づくりに尽力していくことを誓った。彼のスピーチは、多くの人々に安全の大切さを伝え、現場に新たな風を吹き込んだのだった。