同業の社長が亡くなった。同じ業界で同じ二代目。経営者同士だからこその、二代目同士だからこそ共有できることがたくさんあり、いかに個人が優れた経営者であったかを、創業者との違いなどを強調した内容にしています。
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弔辞
義則さん。私は今、18年前の父の葬儀を思い出しています。あの時あなたは弔辞を述べてくれましたね。それなのに今日は私があなたの弔辞を読むなんて。それもこんなに早く。
病と闘っているのは承知していましたが、還暦を過ぎても山スキーを楽しんだ義則さんだけに、きっと病を克服してくれると信じていました。無念です。
中興の祖であったあなたの父上芳治さんと私の父は共同して小型モーターの仕事を行っていた関係で、家族ぐるみのお付き合いがありました。小さい頃私は義則さんのことを親戚のお兄ちゃんだと思っていました。お互いが会社に入ってからは同じ2代目同士として共感する事も多く、仕事ぶりを参考にしてきました。
父上芳治さんは豪快で職人肌のカリスマの雰囲気を持った人でした。それに対して義則さんは石橋を叩いて渡る堅実な経営者でした。地味な仕事を積み上げてこられました。時には父上と比較され、納得のいかない思いをすることもあったかもしれません。
でも、私は確信を持って断言します。
慎重で堅実な経営をしてきたあなただからこそ、千振発動機は景気の波を乗り越え、あのリーマンショックにも負けず今があるのだと。大きくするだけなら並みの経営者でもできます。逆風が吹いた時でも乗り切る会社を作れる経営者は少ないのです。あなただからこそ千振発動機を100年企業にできたのですよ。私はそんなあなたの背中をずっと見てきました。
芳治さんは夢を形にする情熱家でした。それに対し、義則さんは社員と共にコツコツと量産の技術を磨き、品質を安定させて工業製品として高いレベルにブラッシュアップした技術者でした。
違ったタイプの2人の経営者がその持ち味を存分に活かして作り上げたのが今日の千振発動機です。
義則さんがあと10年その手腕を奮ってくれたらどんな会社になったのだろう、どんな製品をこの世に送り出してくれたのだろうと考えると、本当に残念でなりません。
病があなたに迫っていた頃、ちょっと愚痴っぽくなったあなたがいました。「そんなに弱気になったら駄目ですよ。プラス思考で行かなきゃ。あなたが元気でいることが、家族や社員を元気にするんだから」と言って励ましましたよね。あの励ましは役に立ちましたか。
最後は明るい話で終わりましょう。
義則さんはこの世を去ってしまいましたが、その代わりにあなたはチームワークの取れた優秀な社員と立派な後継者を育てました。
私どもが提案する新規案件に対する社員の皆さんの前向きな姿勢やスピード感のある対応には、大きな手応えを感じています。
義則さん。心配はもうやめて峰雄社長、社員の働きぶりを高いところから安心して見守っていてください。
長い間、本当にありがとうございました。
令和元年3月13日
琥珀産業株式会社
代表取締役社長 堀口明正
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※登場人物、状況など、すべて架空です。
なかなかいい内容です。
難点としては、父親と比較をしている時点で、いくら故人を良い風に言ったところで、「たいしたことない二代目」に身に覚えがある域を、少なくとも弔辞の上では抜けられていなんですよね。
比較することをやめて、純粋に個人の功績に対する思いを述べる内容にするとより良くなるのかなと思います。
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